Sudden Fiction     


by hayu

兎の生活


 仕事から帰ると、彼女は一刻も早く毛皮を脱ぐことにしている。気分を変えたいし、それにあせもが出来てしまうからだ。たまらなく暑いし、それにかゆい。今日も首筋にできてしまった。あーあ、と、シッカロールをはたくと、少し気分がほっとする。
「夏はいやあね」と彼女は思う。毛皮は暑いし、しっぽだって短いし。
 背中のジッパーを下ろすと、毛皮がはらりと床に落ちる。シャワーを浴びて、それから、もういちど首にパウダーをはたく。それで、部屋に戻ると、丹念に毛皮の手入れをはじめる。いい香りのオイルを手にとって、耳の部分の毛を念入りに何度もなめす。次第にツヤが出て、惚れ惚れするようなイイ耳になる。形の良い耳は彼女の自慢なのだ。
 目が充血するのは嫌だから、テレビは早めに消すことにしている。それで、寝る前にもう一度、毛皮を着るのよ、と言うと、
「どうしてそんな面倒くさいことするの?」とか、
「そのまま寝ちゃったらいいじゃないの、」とか、
「そいで、朝になってから毛皮を着りゃいいのよ、」とか、誰もがそう言う。
 でも彼女は嫌なのだ。人間みたいな悪夢を見るのは。
 それで、もう一度兎になって、夢のなかの青白い月の野原を、ずんずん、遠くまで走り回ることにしている。
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by indian-K | 2013-09-05 19:52